2017年08月21日
地附山トレッキングコース開設の原点
地附山トレッキングコースは平成18年、会長の小林勇氏、顧問の小林市郎氏等の提唱により、長野市第二地区住民の多くのボランティア活動の力で平成21年にオープンしました。
オープンして8年になる29年8月21日、小林会長らが「トレッキングコースをつくろう」と提唱する原点になった現在長野市立湯谷小学校校長の小山先生はじめ教職員5名と、地附山トレッキングコース愛護会員とでコースを巡りました。
提唱の原点とは、平成16年に遡りますが、小山先生が湯谷小学校の教員でいらしたころ、毎日学校から眺める地附山に魅せられて、生徒達と「地附山に登ろう」と、まだ地附山公園ができたばかりで、山はぼうぼうとした中を散策し、そこに前方後円墳の朽ちかけた看板と藪に覆われた古墳を発見したとのこと。以来時があれば地附山を学習の場にされ、前方後円墳には平成16年卒業・湯谷小学校6年3組「ミステリー湯谷」と銘打って、恒久的な「地附山前方後円墳」の看板を寄贈されました。
話は平成18年に移り、やはり地元の地附山を愛した小林勇氏が山を散策中に、藪に埋もれた「ミステリー湯谷」の看板を見つけ、「このままではいけない、地附山をもっと市民の健康増進・自然と歴史を学ぶ場にしよう」、と発奮し地域や行政に働きかけ多くの市民の力で、今のトレッキングコースになったわけです。
即ち、地附山トレッキングコースの原点は平成16年の湯谷小6年3組の「ミステリー湯谷」にあり、それに動機づけられた平成18年の小林勇氏の地附山散策にあったわけです。

地附山公園に集まった一同

パワーポイントで休憩、、湯谷小学校も眺望できる。

前方後円墳「ミステリー湯谷」の看板を前に小林勇氏と一同

平成16年の頃を語る小山校長(左端)

古墳の上を踏みしめ、思いは様々

久し振りに雲の切れた地附山山頂からの飯縄山

迎えてくれたマツムシソウ

キキョウとオオバギボウシの葉
オープンして8年になる29年8月21日、小林会長らが「トレッキングコースをつくろう」と提唱する原点になった現在長野市立湯谷小学校校長の小山先生はじめ教職員5名と、地附山トレッキングコース愛護会員とでコースを巡りました。
提唱の原点とは、平成16年に遡りますが、小山先生が湯谷小学校の教員でいらしたころ、毎日学校から眺める地附山に魅せられて、生徒達と「地附山に登ろう」と、まだ地附山公園ができたばかりで、山はぼうぼうとした中を散策し、そこに前方後円墳の朽ちかけた看板と藪に覆われた古墳を発見したとのこと。以来時があれば地附山を学習の場にされ、前方後円墳には平成16年卒業・湯谷小学校6年3組「ミステリー湯谷」と銘打って、恒久的な「地附山前方後円墳」の看板を寄贈されました。
話は平成18年に移り、やはり地元の地附山を愛した小林勇氏が山を散策中に、藪に埋もれた「ミステリー湯谷」の看板を見つけ、「このままではいけない、地附山をもっと市民の健康増進・自然と歴史を学ぶ場にしよう」、と発奮し地域や行政に働きかけ多くの市民の力で、今のトレッキングコースになったわけです。
即ち、地附山トレッキングコースの原点は平成16年の湯谷小6年3組の「ミステリー湯谷」にあり、それに動機づけられた平成18年の小林勇氏の地附山散策にあったわけです。
地附山公園に集まった一同
パワーポイントで休憩、、湯谷小学校も眺望できる。
前方後円墳「ミステリー湯谷」の看板を前に小林勇氏と一同
平成16年の頃を語る小山校長(左端)
古墳の上を踏みしめ、思いは様々
久し振りに雲の切れた地附山山頂からの飯縄山
迎えてくれたマツムシソウ
キキョウとオオバギボウシの葉
Posted by まさみちゃん at 16:18│Comments(0)
│地附山便り